月別アーカイブ: 2018年11月

受贈抜刷類2018.11.15

この秋いただいた論文抜刷類を下記にご紹介します。

清水香「擦文・アイヌ文化期の出土木製品における移入品について」『北海道考古学』第51輯、2015.3
清水香「大聖寺藩上屋敷跡 廃棄土坑SK3から出土した17世紀の木製品」『東京大学埋蔵文化財調査室発掘調査報告書13 東京大学本郷構内の遺跡 医学部附属病院入院棟A地点 研究編』、2016.12
清水香「江戸遺跡から出土した緑色系漆椀の基礎研究」『東京大学構内遺跡調査研究年報10 紀要編 東京大学埋蔵文化財調査室研究紀要10』、2017.8
清水香「漆椀の総合的研究の実践―地域研究としての挑戦―」『江戸遺跡研究』第5号、2018.3

清水香さんはこの8月に新潟大学人文学部に助教として赴任されました。専門は近世考古学、とりわけアイヌにもたらされたものを含む塗物類をターゲットにしており、文献による近世流通史の立場からも大変に勉強になります。今後とも勉強させていただきたいと思っています。

朴澤直秀「新地建立禁令をめぐって」『佛教史學研究』第60巻第1号、2017.11

10月に行われた「近世史の会」の席上朴澤氏よりいただきました。新寺・新地建立の禁止といわれている幕府政策の現実の展開を論じたものです。

小関悠一郞「【講演録】佐倉藩政改革とその思想―佐倉藩士向藤左衛門と上杉鷹山の改革―」『佐倉市史研究』第28号、2015.3
小関悠一郞「江戸時代の政治と武士の学び」『歴史評論』813号、2018.1
小関悠一郞「地域史料保存利用と資料ネット―千葉歴史・自然資料ネットワークの活動を通して―」『日本歴史学協会年報』第33号、2018

おなじ「近世史の会」の席上小関氏よりいただきました。なおこの日の会の報告は、『日本歴史』最新号(846号)の「江戸時代の「富国強兵」論と「民利」の思想」の内容に関わるものでした。気鋭の政治思想史研究者としての氏の視線が、資料ネットなどで地域の歴史と向き合う眼差しとも無縁ではないことがうかがえるのではないでしょうか。

みなさま、ありがとうございました。

田嶋悠佑「織豊大名領国と大身家臣―越後堀領国を事例として―」その他

11月4日に開催された新潟史学会の会場において、『地方史研究』393号(2018年6月)に掲載された標記論文抜刷を、著者の田嶋氏よりご恵与いただきました。ありがとうございます。

同論文は、戦国大名由来の大名権力が近世初期にかけて独立性の高い家臣の存在に苦しめられたのに比して、より堅固であったと思われていた織豊取立大名の権力構造について、決してそれは自明でないことを越後堀氏を事例として明らかにしたものです。

堀氏は急速な「出世」のため多様な家臣団を抱えることとなり、その家臣団の統合は不完全・不安定であり、大身家臣に秀吉政権が直接知行を安堵するなど、直轄地以外の支配に権限が及ばず分権的だったこと、一方慶長5(1600)年の対上杉戦争などを契機として、徳川政権との交渉を背景としてこうした不安定性の排除に向かっていくこと、などを論じています。とりわけ家臣統制をめぐる、統一政権との関係のあり方が、豊臣氏と徳川氏で一変していることが注目されます。

田嶋氏は堀氏を中心とした研究を近年精力的に発表してこられており、その最新のものは上記新潟史学会大会時に会員に配布された『新潟史学』最新号に掲載された下記の論考です

田嶋悠佑「資料紹介 山川登美子記念館所蔵山川家家譜所収文書」(『新潟史学』77号、2018年10月

本論考は資料紹介と銘打っていますが、研究ノートとも言うべき興味深い論点を含むものです。山川家は元来堀秀治・堀直寄に仕え、また村上堀家断絶後小浜酒井家に再仕官して明治維新に至る家ですが、その伝える家譜に、越後時代の史料が多数引用されていることを紹介したものです。いわば二次史料ですが、他の確実な史料と比べても妥当なものが多く、利用価値は十分にあると思われます。また、山川氏は新潟大学図書館にその原本が伝わる堀主膳家とならんで堀直寄のもとで家老と言うべき存在であったにもかかわらず、家譜ではそうした行政的な地位はうかがえず、専ら武功が強調されること、大名家として存続した他の堀一族が作成し幕府作成の家譜等で共有されたいわば堀家の「正史」とは異なる独自の資料を参照し作成されたと思われることなど、この家譜が持つ特徴が指摘されていることは、極めて注目されます。本論考が資料紹介を越えて研究ノートと言いうるものだと述べたのはそのためです。

ちなみに田嶋氏も注目された二代目堀監物の実名の問題に『上越市史』の史料解説で触れたのは私ですが、そのときには既に中沢肇氏らが論じていたことに視野が及んでいませんでした。自分の至らなさを恥じる次第です。

田嶋氏は『新潟史学』において近年もう一つの資料紹介をしています。

田嶋悠佑「資料紹介 北方文化博物館所蔵長尾右門文書」(『新潟史学』75号、2017年11月)

これは北方文化博物館所蔵の五十嵐文庫中に所収される長尾右門文書の紹介です。長尾右門家は村上藩内藤家の家臣家ですが、近世初頭に上杉景勝・最上義光・堀直寄に仕えたことがあると伝えています。田嶋氏は、その原文書および周辺文書から、いわゆる家伝の事実をある程度修正する必要もあることも指摘しています。

田嶋氏はこれ以外にも越後堀氏を中心に複数の論考を発表しています。本サイトでも機会があればまた取りあげたいと思います。

第5回全国史料ネット研究交流集会について

直前の案内となってしまいましたが、1/17土・18日の二日間、新潟大学図書館ライブラリーホーにおいて、標記の催しが開催されます。東北から九州まで、災害で被災した歴史資料等のレスキュー活動などに携わってきた方々が、全国から活動事例を持ち寄って多彩な報告がなされます。貴重機会ですので、部分参加でも構いませんので、是非ご参加ください。詳しいタイムスケジュールは 下記に載せられています。

http://siryo-net.jp/event/20181117-18-koryusyukai5-niigata/

なお、懇親会は申込制となっております。これも得がたい貴重な機会ですので、是非ともご参加ください。申込は下記からお願い いたします。

https://kokucheese.com/event/index/538729

当催しのチラシのpdfファィルは、下記画像をクリックするとダウンロードできますので、まわりの皆様にご宣伝いただけますと助かります。

岩田愛加「近世後期多摩地域の材木流通構造と筏宿」

『日本史研究』674 号(2018.10)に掲載された表記論文の抜刷を、筆者の岩田さんからご恵与いただきました。ありがとうございました。

この論文は多摩川上流部で生産される木材の流通に携わる、産地荷主としての筏師、河口部に展開する筏宿、川辺組を中心とする材木問屋の三者の関係とその変遷について、丁寧に追っていったものです。とりわけ羽田猟師町・八幡塚村に展開する筏宿が流通に携わる中で存在感を増していく様子や、必ずしも問屋前貸金に束縛されずに主体性を獲得していく筏師の動向などが興味深く、引き寄せられるように読みました。

手前味噌で恐縮ですが、いわゆる問屋支配が崩壊していく中での金融のあり方や、価格形成機能の掌握の重要性など、不肖私が数少ない研究業績の中でそれなりに主張してきた論点を、岩田さんは丁寧に受け止めて、これをさらに高めていただいていることが、とりわけ感慨深く、私も老け込んでいる訳にはいかないと、気持ちを新たにした次第です。

岩田さん本人は、生産地多摩地域における筏師等も含んだ村落社会に今後の研究を展開させていくようですが、流通史研究の面からも無視できない論考になっていると思います。

 

これまでいろいろな方からいろいろなご著書・論文をご恵贈いただいておりますが、当サイトでのご紹介が散発的にしか出来ていませんでした。ごく最近の岩田さんのものを手始めに、できる限りさかのぼっていきたいと思います。

ありがとうございました。