追悼・滝沢繁さん

さる4月3日、南魚沼市の滝沢繁さんが亡くなりました。滝沢さんはもと高校の日本史教員で、現役教員の頃から県内各地の地域史研究にたずさわり、とくに退職後の近年は、地元魚沼の歴史研究を精力的につづけて来られました。

私がはじめて滝沢さんと出会ったのは、東京大学本郷キャンパスまえの「祇園」という飲み屋でした。たしか滝沢さんはその頃、内地留学で東大史料編纂所に来られており、同じく東大に出入りしていた竹田和夫さんを介してご挨拶したのではなかったかと記憶しています。当時私はまだ学部生か、修士に入りたての頃だったでしょうか。その後私が新潟にやって来て、数々の場でご一緒することになるとは、夢にも思っていなかった頃でした。

新潟大学人文学部は南魚沼市と連携協定を結んでおり、地域映像アーカイブなどの事業を通じて、地元の研究者である滝沢さんには、学部全体がお世話になったとも言えます。

とてもお元気だった滝沢さんですが、昨年脳腫瘍(だったと思います)を患って手術をされ、その後放射線治療等を続けておられました。昨年9月にはご自宅にうかがってお会いしているのですが、少しおつらそうではあったものの、着実に回復していると思っていましたので、訃報をきいた時は大変にびっくりしました。

4月5日に六日町でおこなわれたお通夜に参列してきましたが、その場でお会いした見知った方々はみな一様に呆然とした風でした。だれもがこんなに早く亡くなるとは考えていなかったのです。享年73とのことでした。

実は昨年9月の訪問は、塩沢のとある文化財について、滝沢さんからご相談をいだたいたことによるものでした。治療中で出歩けないということで、ご自宅にうかがったのでした。そして今にして思うと、万が一の時のことを考え、まわりの人間に様々なことを託しておきたい、というお気持ちもあったのかもしれません。

滝沢先生、ゆっくりとお休みください。先生が思い残したことのせめて一部でも引き継いでいけるよう、気を引き締めたいと思います。