月別アーカイブ: 2013年7月

新潟史学第69号刊行

新潟史学第69号が刊行されました。目次は以下のとおりです。

■追悼
 橋本博文「甘粕健先生を偲びつつ昨今の発掘調査報告書収蔵問題を考える」

■論文
 上田浩介「守護在京解体の画期と幕府求心力についての一考察」
 高橋秀樹「死に向かうヘクトルをめぐる人々〜『イリアス』第VI書に見る強制(強請)行為〜」

■動向
 片桐昭彦「シンポジウム「新潟県中越地震から東日本大震災へ―被災歴史資料の保全・活用の新しい方法をさぐる―」参加記」

■書評・新刊紹介
 森田真一「池上裕子著『日本中近世移行期論』」
 蓮田隆志「P.C.ブラウン著『共有地を耕す:近世日本における耕地の共同所有』」
 内田宏美「新潟大学人文社会・教育科学系附置環東アジア研究センター編『環東アジア地域における社会的結合と災害』『近世・近代越後佐渡災害史資料』」
 岩本篤志「白須淨眞編『大谷光瑞と国際政治社会―チベット・探検隊・辛亥革命―』」

■記事
 例会活動の記録
 新潟史学会会則・役員名簿

以上です。

なお、本号の会告で、新潟史学会第63回研究大会・総会を、本年11月3日(日)に行うことがアナウンスされました。同時にその場での研究報告の募集も行われています。

越佐歴史資料調査会夏季資料調査のお知らせ

越佐歴史資料調査会の夏季の資料調査が、来月8月24日(土)〜26日(月)の2泊3日で、新発田市滝谷をフィールドとして行われます。同会はボランティアの史料調査グループで、私も世話人の末端に名を連ねています。滝谷での調査も4年目を迎え、今年の調査初日には、新潟県民俗学会と合同で、昨年度までの調査の報告会を予定しています。

関心がおありの方は、是非同会のサイトをご覧ください。

青木美智男さんの訃報に接して

近世史研究の大先輩である青木美智男さんが、去る7月11日に旅先での不慮の事故がきっかけで亡くなったことを人づてに聞いたのは、実は7月14日のことでした。そのときはまったく実感がわかず、信じられない、嘘であって欲しいと願ったものです。しかしその後、7月17日になって報道なども行われ、じわじわと事実として迫ってきました。

私が青木さんと親しくお話をするようになったのは、院生時代に誘われて参加した日本福祉大学知多半島総合研究所の廻船史料調査の場でした。当時青木さんは日本福祉大学に勤務されており、知多半島や福井県河野村(現南越前町)での調査合宿にも、校務で忙しい中最大限参加して、それこそ一升瓶とコップ酒を前に、皆で遅くまで色々の話をしました。青木さんは早々に大いびきで寝てしまい、その代わり朝は早起きをして漁港で釣り糸を垂らし、小魚をたくさん釣ってきたのですが、朝食の世話にやってきた地元のおばさんたちに、そんな魚は佃煮にもならないと笑われていた、そんなことも昨日のことのように思い出されます。

私が新潟大学に赴任したのは1994年の10月でしたが、そこでの私の最初の仕事は、前任の故佐藤誠朗さんがお願いしてあった集中講義にやってきた青木さんの、お世話をすることでした。しかし私はまだ新潟のことは右も左もわからず、佐藤さんとも親しく何度も新潟に来ていた青木さんの方が、新潟には詳しいのでした。青木さんに連れて行っていただいた居酒屋で、いろいろと新潟の話なども教わりながら、なんとふたりで一升瓶をあけてしまったのも、このときのことでした。

青木さんとはそのようなおつきあいばかりしていたからかもしれません、私の眼には、「飾らない人というのはまさに青木さんのことであるな」というように写りました。それは単に人なつこいとか、人当たりが良い、庶民的である、とかいうだけのことではなく、年配の大研究者も、当時の我々のような駆け出しの若手も、地元の行政職員も地域のおばさんたちも、誰に対しても分け隔てをしない、平等に接する、というその態度から受け取った印象であったように思います。そしてそれは、庶民の立場に立つという確固とした立脚点を堅持しつつも、若い人たちとも積極的に議論をし、柔軟に新しい考えをも受けいれながら重ねていった、その研究のスタイルにもあらわれているのではないかと、思えるのです。

今日、『歴史評論』760号が届きました。手にとって表紙を見た私は、しばらく絶句してしまいました。何という巡り合わせか、今号には青木さんの「【私の歴史研究】日本近世農民運動史から生活文化史研究へ」が掲載されていたのです。昨年秋に行われたインタビューを構成したものですが、まさに青木さんの遺言となってしまいました。

青木さんはこのインタビューで「重い病気でもしなければ、まだ少し時間があると思いますので、次のことをやり遂げたいと思っております」と、今後の計画を語っています。長く患ったのではなく、不慮の事故に基づくだけに、さぞ無念であったのではないかと、胸が潰れる思いです。青木さんのやり残した課題は、私たちの肩に掛かっています。

ご冥福をお祈りします。

長岡市避難所資料整理

去る7月14日(日)、新潟歴史資料救済ネットワークと長岡市立中央図書館文書資料室が共催する、避難所資料の整理作業に参加してきました。これは東日本大震災で避難してきた方々に長岡市が提供した避難所の資料について、目録作成等の作業をおこなうもので、昨年度が第1回目、今年度が第2回目となります。昨年度の整理作業の成果については、既に矢田俊文・長岡市立中央図書館文書資料室編『震災避難所の史料 新潟県中越地震・東日本大震災』(新潟大学災害・復興科学研究所危機管理・災害復興分野、2013年3月)でも紹介されています。

避難所で授受作成された文書や掲示物など、震災という非常時に際して作成された膨大な史資料の保存や活用の重要性は、阪神淡路大震災の頃よりつとに論じられてきたことですが、新潟県内においては、長岡市立中央図書館文書資料室が、2004年の7.13水害と中越大震災、そして2007年の中越沖地震という、相次ぐ災害を経験する中で、精力的な保存整理活動を行い、すでにその成果は「災害アーカイブズ」として公開されているところです。そのような経験の下敷きがあってこそ、今回の大震災、とくに原発事故という未曾有の状況の中で、隣県新潟県への避難を余儀なくされた福島県の皆さんを受け入れた経験を、後世にきちんと伝えるための、この事業が企画されたといえます。

当日は新潟大学学生を初めとするボランティア計25名で作業を行いました。今回の史料は、介護等を要する方とその家族を受け入れた「福祉避難所」のもの避難所資料整理風景で、そうした施設ならではの内容もあり、当時の緊張が伝わってきます。当時避難所のスタッフとして担当された市職員の方にも参加していただき、お話をうかがいながらの作業でしたが、そうした中で、現代史史料一般のあり方にも考えが及び、非常に貴重な経験が出来たかと思っています。

受贈図書2013.7.10

新発田藩研究会の席上、長岡市立中央図書館文書資料室の田中洋史さんより、下記書籍をご恵贈いただきました。

長岡市立中央図書館文書資料室編『長岡市公会堂 文化の殿堂がみた昭和の長岡(長岡市史双書No.52)』(長岡市立中央図書館文書資料室、2013年3月)

また別の日になりますが、著者のおひとりである新潟大学橋本博文さんから、下記書籍をご恵贈いただきました。

佐渡市・新潟県教育委員会編『佐渡金銀山絵巻 ―絵巻が語る鉱山史―』(同成社、2013年3月)

大変にありがとうございました。

第1回新発田藩研究会の開催

以前より当サイトでも案内をしていました新発田藩研究会が、7/7に開催されました。当日は雨天にもかかわらず、遠方からのご参加も含め12名が参加し、それなりに充実した会となったのではないかと思っております。当日の報告題目は下記の通りでした。

  • 浅倉有子氏「溝口家の近世・近代の文書・絵図目録」
  • 岩本篤志氏「新発田藩溝口家蔵書目録小考」
  • 原直史「新発田藩領における地域運営体制をめぐる諸論点―安宅俊介氏の近業に学ぶ―」

私の報告は事前の案内とはやや異なり、安宅俊介氏の論文「新発田藩領における地域的入用「万雑」の構造」(『新潟市歴史博物館研究紀要』8、2012年3月)を取り上げて紹介しつつ、万雑や組・村行政をめぐる諸論点を展望したものです。安宅氏の当該論文は、1980年代以降久留島浩氏や志村洋氏などにリードされて深められてきた地域的入用・地域運営体制研究の流れに、新発田藩領の万雑を位置づけた画期的な成果で、今後の地域におけるこうした分野の研究の基礎となるべき重要なものではないかと考えます。

次回研究会は秋以降、年度内にあと1ないし2回開催できればと考えています。具体的な日程等が決まり次第当サイトでもご案内します。